2006年02月23日

情報入手窓口の多様化

視覚障害者が情報を得る窓口は、技術の進歩とともにどんどん多様化してきています。

ただ、それを歴史的に見るとき、目の見える人の環境との比較で見ていく必要があります。

少し歴史的に振り返って見ましょう。

1. 1500年以前

 晴眼者:言葉、手書き文字
 盲人:言葉

 この時代は、手書き文字が読めないだけハンディがありましたが、見えていても文字が読めない人は多かったので、情報格差はさほどではありませんでした。
2. 1500~1850年

 晴眼者:言葉、手書き、印刷
 盲人:言葉

 この時代は印刷技術が発明され、晴眼者の情報環境がぐんとよくなったため、情報格差がどんどん広がって行きました。
3. 1850~1940年

 晴眼者:言葉、手書き、印刷(図書、雑誌、新聞)
 盲人:言葉、点字

 1825年にルイ・ブライユによって点字が考案され、19世紀後半には欧米で徐々に利用されるようになって行きました。

 日本でも1890年に日本点字が制定され、その後、視覚障害者の世界に普及してきました。

 この時代は、印刷でぐんと開いた情報格差を、点字で何とか少しでも縮めていこうという時代でした。

 しかし、晴眼者の世界では新聞が普及するなど、印刷をより効果的に利用するようになってきました。
4. 1940~1985年

 晴眼者:言葉、電話、手書き、印刷(図書、雑誌、新聞)、録音、放送(ラジオ、テレビ)、映画
 盲人:言葉、電話、点字、録音、放送(ラジオ、テレビ)

 録音が視覚障害者のために利用され始めた時期を一般化するのは難しいのですが、1934年に米国でソノシートに図書を録音した「トーキングブック」がスタートしたので、一応、1940年を一つの区切りとしました。

 日本での録音の視覚障害者向けの利用は、1957年(昭和32年)からです。この頃はオープンリールでしたが、1970年代に入ってカセットテープが登場し、録音図書の普及に拍車がかかってきました。

 よって、録音メディアとしては、ソノシート(米国のみ)、オープンリールテープ、カセットテープと進化してきたことになります。
5. 1986~1996年

 晴眼者:言葉、電話、手書き、印刷(図書、雑誌、新聞)、録音、放送(ラジオ、テレビ)、映画、パソコン
 盲人:言葉、電話、点字、録音、放送(ラジオ、テレビ)、映画、パソコン

 この時代は、パソコンが常法処理手段として加わってきました。

 晴眼者の場合にはテキストファイルやワープロで作成したファイル、視覚障害者の場合にはテキストファイルとともに点字データファイルも重要な情報源として加わってきました。

 視覚障害者はパソコンで文章を書くようになり、点訳者はパソコンで点訳するようになりました。
6. 1997年以降

 晴眼者:言葉、電話、手書き、印刷(図書、雑誌、新聞)、録音、放送(ラジオ、テレビ)、映画、パソコン、インターネット
 盲人:言葉、電話、点字、印刷(図書、雑誌)、録音、放送(ラジオ、テレビ)、映画、パソコン、インターネット

 この時代は、インターネットがさらに有力な情報源として加わってきました。

 また、印刷物を全盲者が自分で読むということが現実になってきた時期でもあります。

 晴眼者の世界ではWindows95が1995年秋にリリースされてから急速にインターネットが一般化してきました。

 視覚障害者の場合には、1997年の秋に日本IBMからホームページリーダーが発売され、ホームページを音声で聞く環境が整いました。

 さらに、OCR技術の発展により、1996年秋に「ヨメール」や「よみとも」などの活字印刷物を合成音で読み上げるソフトウェアが登場してきました。

 その後、印刷物を音声で読み上げる読書機も開発され、盲人の情報源の中にも印刷物が組み込まれました。

 しかし、新聞は読むべき個所をセットできない、レイアウトが複雑すぎて正しい順番で読み上げることが困難などの理由で、全盲者がOCRを用いて独力で読むことはできません。新聞の場合には、新聞社サイトでの情報を音声プラウザで閲覧できることにより、環境が大きく改善されています。

視覚障害者とサポーターをテクノロジーで支援する各種E-AT製品

2005年11月21日

携帯用読書システム

1998年2月、株式会社富士通中部システムズ(名古屋)はアメディアとの共同開発による携帯型読書システム「ヨメールライト」を発売しました。

この製品は、富士通が同時に発売したペン型スキャナ「RS-10」とのセット商品で、ノートパソコンに組み込んで使えるように開発されたものです。

付属のペン型スキャナは長さが183mmで、幅17.6mm、高さ14.7mmの箸箱型になっています。これで印刷物の上をなぞると、その範囲に書かれていた活字を読み上げます。自分の手でスキャンするので、操作の上手・下手が認識精度に影響を及ぼすという難しさもありますが、携帯できるという利点は絶大です。

しかしながら、富士通中部システムズがこの分野から撤退したため、現在では「ヨメールライト」は販売されていません。

読み上げ直後に編集・校正できる印刷資料音訳ソフト・ヨメール


よみ姫の登場

その後も各社の読書システムは進化を続けており、1996年当初の製品よりも認識制度は非常に向上しています。

そんな中、株式会社アメディアは、2003年5月に「ヨメール」の多彩な機能から印刷物の認識と読み上げの機能だけを抽出して操作を単純化した製品「よみ姫」を発売しました。

この製品は、それまでおおよそ8~9万円台であった視覚障害者向けの印刷物読み上げソフトの価格帯から大きく低価格化した59,800円という価格で発売され、視覚障害者向けの市場に新しい波を起こしました。

文庫本や単行本の朗読ならお任せ~印刷物読み上げソフト・よみ姫


単体型読書機登場


アメディアは、バイスリープロジェクツ有限会社(仙台)との共同開発による単体型読書機「ヨメールEZ(イージー)」を1999年10月15日に発売しました。



この機械は、以前アメディアが販売していたオーストラリア・ロボトロン社製の読書機「エスプリ」依頼の単体型読書機となりました。



パソコンとは異なり、17個のスイッチで「ヨメール」の持つほとんどすべての機能を実現しました。

これを追いかけるように、大阪府豊中市にある株式会社イヅホが「よめまっせ」という単体型の読書機を発売しました。

いずれも、30万円を少し越える価格帯で発売され、パソコン・スキャナとソフトウェアという組み合わせで利用するのとほぼ同額で、より優しい操作を実現しました。

視覚障害者に好評~役所からの書類ならお任せの音声読書機・よむべえ

単体型読書機の進歩

2003年8月にアメディアが発売した単体型読書機「よむべえ」は特筆されます。

これは、従来の単体型読書機「ヨメールEZ」や「よめまっせ」よりも小型化し、価格も20万円を割る198,000円で発売されたからです。

操作系をパソコン用のテンキーに任せることにより、入力ボタンの部分のコストダウンをはかったのが、コストダウンの大きな要因となりました。

デイジー図書も聞ける、印刷物を読み上げる音声読書機・よむべえ

よむべえの進化

読書機「よむべえ」はこれまで機器に苦手意識を持っていた比較的高齢の視覚障害者や女性に大変人気となりました。

2005年5月には、印刷物の読み上げに加えて、CDに収められたデイジー図書の再生機能を搭載し、さらに多くの利用者を得ています。

視覚障害者に好評~役所からの書類ならお任せの音声読書機・よむべえ

2005年11月19日

漢点字ワープロの進歩

漢点字を用いたものでは、鳴門教育大学の末田統(おさむ)により1983年に大型機を用いた「IBTU」、1985年にパソコンを用いた「BRPC」が、システム・ソフトとして開発されました。

そして、1984年に長野工専の茅野(ちの)によって開発された「チノワード」は、NEC・PC-66シリーズに対応しており、個人向けの低価格なワープロ・ソフトとして、多くの漢点字ユーザーに親しまれてきました。

点字を実践するなら~点字定規セット「点字サポーターへの道」

盲人用民生ワープロシステムの登場

高知システム開発は、1983年、長谷川式6点漢字入力機能を搭載した「AOKワープロ」を、NEC・PC-8801対応でリリースしました。

このワープロ・システムでは、通常のキーボードのうちの6つのキーを点字タイプライターのキーと見なして入力でき、それによる6点漢字による入力が可能で、外付けの音声合成装置「SSY02」によって入力の音声によるフィードバックや書いた文書を連続的に読み上げさせる機能を日本で初めて実現しました。

これにより、6点漢字を知っていさえすれば、目が見えなくても墨字が書けるという社会的環境が整いました。


視覚障害者とサポーターをテクノロジーで支援する各種EAT製品

盲人用ワープロの夜明け

6点漢字を考案した長谷川は、点字による漢字表現を確立することにより、墨字データと点字データとの1対1の変換が可能になると考えていました。

1974年12月、長谷川は当時東京大学の学生だった辻畑の協力を得て、6点漢字データを記録した紙テープから漢字かな混じり文の墨字を印刷する実験に成功しました。

当時は、漢字を印字することのできる墨字プリンタやこのような大量のデータを用いるプログラムを実行できるコンピュータを個人で持つことはできなかったので、この実験は国立国会図書館のコンピュータを借りて行われました。

この実験により、長谷川は、視覚障害者として世界で始めて機器を用いて漢字を書いた人物となりました。

視覚障害者とサポーターをテクノロジーで支援する各種EAT製品

長谷川式6点漢字

東京教育大学附属盲学校(現・筑波大学附属盲学校)教諭・長谷川貞夫は、1972年に、自動代筆と自動点訳を目標に、6点漢字を発表しました。

これは、一般的な6点点字3マスを使って、漢字1文字を表すというものです。

縦長になる8点式の漢字と比べると、すらすらと読める利点があります。

川上式の漢点字が漢字の形にこだわって考えられたのに対して、長谷川式6点漢字は、漢字の音訓の読みの区別にこだわって開発されました。

点字を実践するなら~点字定規セット「点字サポーターへの道」

カテゴリー

Powered by
Movable Type