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   <title>盲人の歴史</title>
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   <title>情報入手窓口の多様化</title>
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   <published>2006-02-23T04:35:40Z</published>
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   <summary>視覚障害者が情報を得る窓口は、技術の進歩とともにどんどん多様化してきています。 ...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://yupeace.net/blind-history/">
      <![CDATA[視覚障害者が情報を得る窓口は、技術の進歩とともにどんどん多様化してきています。
ただ、それを歴史的に見るとき、目の見える人の環境との比較で見ていく必要があります。

少し歴史的に振り返って見ましょう。


<strong>１．１５００年以前</strong>

　晴眼者：言葉、手書き文字
　盲人：言葉

　この時代は、手書き文字が読めないだけハンディがありましたが、見えていても文字が読めない人は多かったので、情報格差はさほどではありませんでした。


<strong>２．１５００～１８５０年</strong>

　晴眼者：言葉、手書き、印刷
　盲人：言葉

　この時代は印刷技術が発明され、晴眼者の情報環境がぐんとよくなったため、情報格差がどんどん広がって行きました。


<strong>３．　１８５０～１９４０年</strong>

　晴眼者：言葉、手書き、印刷（図書、雑誌、新聞）
　盲人：言葉、点字

　１８２５年にルイ・ブライユによって点字が考案され、１９世紀後半には欧米で徐々に利用されるようになって行きました。

　日本でも１８９０年に日本点字が制定され、その後、視覚障害者の世界に普及してきました。

　この時代は、印刷でぐんと開いた情報格差を、点字で何とか少しでも縮めていこうという時代でした。

　しかし、晴眼者の世界では新聞が普及するなど、印刷をより効果的に利用するようになってきました。


<strong>４．　１９４０～１９８５年</strong>

　晴眼者：言葉、電話、手書き、印刷（図書、雑誌、新聞）、録音、放送（ラジオ、テレビ）、映画
　盲人：言葉、電話、点字、録音、放送（ラジオ、テレビ）

　録音が視覚障害者のために利用され始めた時期を一般化するのは難しいのですが、１９３４年に米国でソノシートに図書を録音した「トーキングブック」がスタートしたので、一応、１９４０年を一つの区切りとしました。

　日本での録音の視覚障害者向けの利用は、１９５７年（昭和３２年）からです。この頃はオープンリールでしたが、１９７０年代に入ってカセットテープが登場し、録音図書の普及に拍車がかかってきました。

　よって、録音メディアとしては、ソノシート（米国のみ）、オープンリールテープ、カセットテープと進化してきたことになります。


<strong>５．　１９８６～１９９６年</strong>

　晴眼者：言葉、電話、手書き、印刷（図書、雑誌、新聞）、録音、放送（ラジオ、テレビ）、映画、パソコン
　盲人：言葉、電話、点字、録音、放送（ラジオ、テレビ）、映画、パソコン

　この時代は、パソコンが常法処理手段として加わってきました。

　晴眼者の場合にはテキストファイルやワープロで作成したファイル、視覚障害者の場合にはテキストファイルとともに点字データファイルも重要な情報源として加わってきました。

　視覚障害者はパソコンで文章を書くようになり、点訳者はパソコンで点訳するようになりました。


<strong>６．　１９９７年以降</strong>

　晴眼者：言葉、電話、手書き、印刷（図書、雑誌、新聞）、録音、放送（ラジオ、テレビ）、映画、パソコン、インターネット
　盲人：言葉、電話、点字、印刷（図書、雑誌）、録音、放送（ラジオ、テレビ）、映画、パソコン、インターネット

　この時代は、インターネットがさらに有力な情報源として加わってきました。

　また、印刷物を全盲者が自分で読むということが現実になってきた時期でもあります。

　晴眼者の世界ではWindows95が１９９５年秋にリリースされてから急速にインターネットが一般化してきました。

　視覚障害者の場合には、１９９７年の秋に日本ＩＢＭからホームページリーダーが発売され、ホームページを音声で聞く環境が整いました。

　さらに、ＯＣＲ技術の発展により、１９９６年秋に「ヨメール」や「よみとも」などの活字印刷物を合成音で読み上げるソフトウェアが登場してきました。

　その後、印刷物を音声で読み上げる読書機も開発され、盲人の情報源の中にも印刷物が組み込まれました。

　しかし、新聞は読むべき個所をセットできない、レイアウトが複雑すぎて正しい順番で読み上げることが困難などの理由で、全盲者がＯＣＲを用いて独力で読むことはできません。新聞の場合には、新聞社サイトでの情報を音声プラウザで閲覧できることにより、環境が大きく改善されています。


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   <title>携帯用読書システム</title>
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   <published>2005-11-21T07:36:04Z</published>
   <updated>2011-09-30T01:05:51Z</updated>
   
   <summary> 1998年２月、株式会社富士通中部システムズ（名古屋）はアメディアとの共同開発...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://yupeace.net/blind-history/">
      <![CDATA[<p>
1998年２月、株式会社富士通中部システムズ（名古屋）はアメディアとの共同開発による携帯型読書システム「ヨメールライト」を発売しました。</p>
<p>
この製品は、富士通が同時に発売したペン型スキャナ「ＲＳ－10」とのセット商品で、ノートパソコンに組み込んで使えるように開発されたものです。</p>

<p>
付属のペン型スキャナは長さが183ｍｍで、幅17.6ｍｍ、高さ14.7ｍｍの箸箱型になっています。これで印刷物の上をなぞると、その範囲に書かれていた活字を読み上げます。自分の手でスキャンするので、操作の上手・下手が認識精度に影響を及ぼすという難しさもありますが、携帯できるという利点は絶大です。</p>
<p>
しかしながら、富士通中部システムズがこの分野から撤退したため、現在では「ヨメールライト」は販売されていません。</p>
 ]]>
      
   </content>
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   <title>よみ姫の登場</title>
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   <published>2005-11-21T07:31:24Z</published>
   <updated>2010-09-02T06:47:29Z</updated>
   
   <summary> その後も各社の読書システムは進化を続けており、１９９６年当初の製品よりも認識制...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://yupeace.net/blind-history/">
      <![CDATA[<p>
その後も各社の読書システムは進化を続けており、１９９６年当初の製品よりも認識制度は非常に向上しています。</p>
<p>
そんな中、株式会社アメディアは、２００３年５月に「ヨメール」の多彩な機能から印刷物の認識と読み上げの機能だけを抽出して操作を単純化した製品「よみ姫」を発売しました。</p>

<p>
この製品は、それまでおおよそ８～９万円台であった視覚障害者向けの印刷物読み上げソフトの価格帯から大きく低価格化した59,800円という価格で発売され、視覚障害者向けの市場に新しい波を起こしました。</p>

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</a></p>

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   <title>単体型読書機登場</title>
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   <published>2005-11-21T07:24:38Z</published>
   <updated>2010-09-02T06:41:17Z</updated>
   
   <summary>  アメディアは、バイスリープロジェクツ有限会社（仙台）との共同開発による単体型...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://yupeace.net/blind-history/">
      <![CDATA[ <p>
アメディアは、バイスリープロジェクツ有限会社（仙台）との共同開発による単体型読書機「ヨメールＥＺ（イージー）」を1999年10月15日に発売しました。</p>
<p>
この機械は、以前アメディアが販売していたオーストラリア・ロボトロン社製の読書機「エスプリ」依頼の単体型読書機となりました。</p>
<p>
パソコンとは異なり、17個のスイッチで「ヨメール」の持つほとんどすべての機能を実現しました。</p>

<p>
これを追いかけるように、大阪府豊中市にある株式会社イヅホが「よめまっせ」という単体型の読書機を発売しました。</p>
<p>
いずれも、３０万円を少し越える価格帯で発売され、パソコン・スキャナとソフトウェアという組み合わせで利用するのとほぼ同額で、より優しい操作を実現しました。</p>

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   </content>
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   <title>単体型読書機の進歩</title>
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   <published>2005-11-21T07:23:13Z</published>
   <updated>2007-01-16T04:52:03Z</updated>
   
   <summary>２００３年８月にアメディアが発売した単体型読書機「よむべえ」は特筆されます。 こ...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://yupeace.net/blind-history/">
      ２００３年８月にアメディアが発売した単体型読書機「よむべえ」は特筆されます。

これは、従来の単体型読書機「ヨメールＥＺ」や「よめまっせ」よりも小型化し、価格も２０万円を割る１９８，０００円で発売されたからです。

操作系をパソコン用のテンキーに任せることにより、入力ボタンの部分のコストダウンをはかったのが、コストダウンの大きな要因となりました。

デイジー図書も聞ける、印刷物を読み上げる音声読書機・よむべえ
      
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   <title>よむべえの進化</title>
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   <published>2005-11-21T07:20:12Z</published>
   <updated>2007-01-16T04:52:53Z</updated>
   
   <summary>読書機「よむべえ」はこれまで機器に苦手意識を持っていた比較的高齢の視覚障害者や女...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://yupeace.net/blind-history/">
      読書機「よむべえ」はこれまで機器に苦手意識を持っていた比較的高齢の視覚障害者や女性に大変人気となりました。

２００５年５月には、印刷物の読み上げに加えて、ＣＤに収められたデイジー図書の再生機能を搭載し、さらに多くの利用者を得ています。

視覚障害者に好評～役所からの書類ならお任せの音声読書機・よむべえ
      
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   <title>漢点字ワープロの進歩</title>
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   <published>2005-11-19T06:22:21Z</published>
   <updated>2006-08-18T06:33:48Z</updated>
   
   <summary>漢点字を用いたものでは、鳴門教育大学の末田統（おさむ）により1983年に大型機を...</summary>
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         <category term="点字の歴史" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://yupeace.net/blind-history/">
      <![CDATA[漢点字を用いたものでは、鳴門教育大学の末田統（おさむ）により1983年に大型機を用いた「ＩＢＴＵ」、1985年にパソコンを用いた「ＢＲＰＣ」が、システム・ソフトとして開発されました。

そして、1984年に長野工専の茅野（ちの）によって開発された「チノワード」は、ＮＥＣ・ＰＣ－66シリーズに対応しており、個人向けの低価格なワープロ・ソフトとして、多くの漢点字ユーザーに親しまれてきました。

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   <title>盲人用民生ワープロシステムの登場</title>
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   <published>2005-11-19T06:06:21Z</published>
   <updated>2006-08-18T06:21:31Z</updated>
   
   <summary>高知システム開発は、１９８３年、長谷川式６点漢字入力機能を搭載した「ＡＯＫワープ...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://yupeace.net/blind-history/">
      <![CDATA[高知システム開発は、１９８３年、長谷川式６点漢字入力機能を搭載した「ＡＯＫワープロ」を、ＮＥＣ・ＰＣ－８８０１対応でリリースしました。

このワープロ・システムでは、通常のキーボードのうちの６つのキーを点字タイプライターのキーと見なして入力でき、それによる６点漢字による入力が可能で、外付けの音声合成装置「ＳＳＹ０２」によって入力の音声によるフィードバックや書いた文書を連続的に読み上げさせる機能を日本で初めて実現しました。

これにより、６点漢字を知っていさえすれば、目が見えなくても墨字が書けるという社会的環境が整いました。
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   <title>盲人用ワープロの夜明け</title>
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   <published>2005-11-19T06:05:23Z</published>
   <updated>2006-08-18T06:06:13Z</updated>
   
   <summary>６点漢字を考案した長谷川は、点字による漢字表現を確立することにより、墨字データと...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://yupeace.net/blind-history/">
      <![CDATA[６点漢字を考案した長谷川は、点字による漢字表現を確立することにより、墨字データと点字データとの１対１の変換が可能になると考えていました。

1974年12月、長谷川は当時東京大学の学生だった辻畑の協力を得て、６点漢字データを記録した紙テープから漢字かな混じり文の墨字を印刷する実験に成功しました。

当時は、漢字を印字することのできる墨字プリンタやこのような大量のデータを用いるプログラムを実行できるコンピュータを個人で持つことはできなかったので、この実験は国立国会図書館のコンピュータを借りて行われました。

この実験により、長谷川は、視覚障害者として世界で始めて機器を用いて漢字を書いた人物となりました。
<a href="http://www.amedia.co.jp/product/">
視覚障害者とサポーターをテクノロジーで支援する各種EAT製品 </a>]]>
      
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   <title>長谷川式６点漢字</title>
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   <published>2005-11-19T06:03:07Z</published>
   <updated>2006-08-18T06:04:52Z</updated>
   
   <summary>東京教育大学附属盲学校（現・筑波大学附属盲学校）教諭・長谷川貞夫は、1972年に...</summary>
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         <category term="点字の歴史" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://yupeace.net/blind-history/">
      <![CDATA[東京教育大学附属盲学校（現・筑波大学附属盲学校）教諭・長谷川貞夫は、1972年に、自動代筆と自動点訳を目標に、６点漢字を発表しました。

これは、一般的な６点点字３マスを使って、漢字１文字を表すというものです。

縦長になる８点式の漢字と比べると、すらすらと読める利点があります。

川上式の漢点字が漢字の形にこだわって考えられたのに対して、長谷川式６点漢字は、漢字の音訓の読みの区別にこだわって開発されました。
<a href="http://www.amedia.co.jp/product/tenjiset/">
点字を実践するなら～点字定規セット「点字サポーターへの道」 </a>]]>
      
   </content>
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   <title>川上式漢点字</title>
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   <published>2005-11-19T06:02:07Z</published>
   <updated>2006-08-18T06:02:59Z</updated>
   
   <summary>大阪府立盲学校教諭・川上泰一は、点字１マスを８つの点で表し、これを２マス用いて漢...</summary>
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         <category term="点字の歴史" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://yupeace.net/blind-history/">
      <![CDATA[大阪府立盲学校教諭・川上泰一は、点字１マスを８つの点で表し、これを２マス用いて漢字を表現する漢点字体系を1967年に発表しました。

縦に４列、横に２列の８点式であり、ブライユによって発明された６点式とは異なり、どうしても読み速度は６点式に比べると低下しますが、多数にわたる漢字を区別するための川上の工夫でした。

これは、コンピュータによる点訳や代筆を意識したものではありませんでしたが、1980年代に入ってから、コンピュータとのインタフェースの一つとして用いられるようになりました。
<a href="http://www.amedia.co.jp/product/6ten/">
ゲーム感覚で自然に点字が身につく点字学習ソフト・ろくてん満天 </a>]]>
      
   </content>
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   <title>自動点訳の進歩</title>
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   <published>2005-11-19T05:59:50Z</published>
   <updated>2006-08-18T06:01:40Z</updated>
   
   <summary>一方、漢字かな混じりのデータから点字のデータを直接作る自動点訳ソフトの研究は、1...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://yupeace.net/blind-history/">
      <![CDATA[一方、漢字かな混じりのデータから点字のデータを直接作る自動点訳ソフトの研究は、1973年１月に長谷川貞夫が東大点友会の辻畑好秀とともに行った紙テープからの点字印刷にその源泉を見ることができます。

ところが、実際にそれが商品化されるまでには、16年の歳月を待たなければなりませんでした。1989年、言語工学研究所は、大量の点訳辞書を装備した「がってんだ」を発表し、漢字かな混じり文からの点字への変換が実用化しました。また、同年、福祉システム研究会から「80点」がフリーウェアとして発表されています。

静岡県立大学国際関係学部教授・石川准は、自らの研究活動の効率を高めるため、漢字かな混じり文のテキストを正確な点字に変換するソフトを開発し、1991年９月にアメディアがライセンスを受けて「ＥＸＴＲＡ」の名で発売します。

このソフトは、英語の２級略字表記にも対応しており、この分野においても、技術的に高いレベルでの競争状態が実現しました。

これらのソフトは、
（１）漢字を含む文字列に正しい「読み」をふる、
（２）「かな使い」を点字の規則に従って変換する、
（３）点字の規則に従って「わかち書き」を行う、
の３種類の作業を行います。

1993年９月に発売された「ＥＸＴＲＡ　Ver.２」では、地名や人名なども含む変換効率が大幅に向上しました。
1995年９月に発売された「ＥＸＴＲＡ　Ver.３」では、変換速度がこれまでよりも大幅に向上しました。
そして、1998年９月にWindows版のVer.１が発売となって、その後も２００１年にVer.2、２００３年にVer.3、２００５年にVer4と、着実にバージョンアップされています。

これらの自動点訳ソフトは、いわゆる機械翻訳ソフトと同じような性格を持っており、点字を知らない人でも、手軽に点字資料が作成できるという利点があります。
ただし、翻訳と同じように、100パーセント完璧な点訳とはなりませんので、図書館蔵書の作成など、完璧さを要求される場面においては、点訳ソフトによる校正という手順を踏む必要があります。
むしろ、一般学校で学ぶ盲生徒やその関係者、一般企業で働く視覚障害者やその同僚などによって、すぐに点字資料を作成する必要がある場合に利用されており、視覚障害者のノーマライゼーションを促進するソフトになっています。

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   <title>パソコン点訳の普及</title>
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   <published>2005-11-19T05:57:47Z</published>
   <updated>2006-08-18T05:59:02Z</updated>
   
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://yupeace.net/blind-history/">
      <![CDATA[従来、点字図書館は目の見える人達に点字講習会を行い、その中から優秀な人達を点訳ボランティアとして委嘱して、点訳図書を作成してきました。できあがった点字図書は、点字板で書いたにしても点字タイプライターを用いたにしても、世界中に１冊しかない写本でした。
1970年代後半になると、米国、ドイツ、日本などでコンピュータ用の点字プリンターの開発が本格化してきました。
1980年代に入ると、いよいよ実用的な点字プリンターが出回り始めます。これに伴って、点字を書くためのソフト、つまり点訳ソフトのニーズが高まってきます。
筑波大学附属盲学校の盲人数学教諭、高村明良は、点訳ソフト「コータクン」を開発し、1987年に親交のある点訳ボランティア・グループ「つつじ点訳友の会」から発売します。これ以前にも、日本点字図書館などの一部の点字図書館では、専用の点訳ソフトを用いていましたが、誰でも購入して使うことのできる点訳ソフトとしては、「コータクン」が日本で最初のものです。
翌年の1988年にはニュー・ブレイル・システムから「ブレイルスター」が発売され、1990年には、後に非常に普及するフリーウェア・ソフト「ＢＡＳＥ」が発表されました。

一方、日本ＩＢＭは、「ＩＢＭ・点訳ひろば」という点訳ボランティア・ネットワークを組織化し、「ＢＥ」という点訳用のソフトを無償配布しました。この「ＢＥ」は、後に「ＢＥＳ」という名で有償ソフトとなり、1999年１月より「ＷＩＮＢＥＳ」として、再びフリーウェア・ソフトとなっています。
これらのソフトは、点字を知っている人が点字を編集するためのものですから、次に述べる自動点訳ソフトとは、性格の全く異なるものです。
これまで、パソコン点訳は、点字を習得した点訳者がこれらのソフトを駆使して、点字データを作成することによって発展してきました。今では、点字図書館にしても公共図書館にしても、点字資料のかなりのものが、点字データとしてパソコン用のフロッピーディスクなどに収められています。
パソコン点訳の普及により、製作者側の労力が大幅に軽減されたため、1970年代以来音訳にかなり押されていた図書の製作タイトル数が、かなり点訳に戻ってきました。

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   <title>点字ディスプレイの発展</title>
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   <published>2005-11-19T05:56:44Z</published>
   <updated>2006-08-18T05:57:39Z</updated>
   
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://yupeace.net/blind-history/">
      <![CDATA[パソコンが普及してくると、画面に表示されている内容を点字でみたいという要求が視覚障害者の中から生まれてきます。この要求を実現する機械が点字ディスプレイです。
点字ディスプレイの製品化は、米国、イギリス、フランス、ドイツ、日本などでほぼ同時期に実現してきます。

1980年代に入ると、オプタコンで知られる米国のテレセンサリー・システムズは、「バーサ・ブレイル」というパソコン内蔵型の点字ディスプレイを商品化します。
同じ頃、ドイツのパーペンマイヤー社の「ブレイレックス」、フランスのエリンファ社の「エリンファ」、イギリスのクラーク・アンド・スミス社の「ブレイリンク」などが発売されます。

一方、日本では、やや遅れて1985年に工業社（現ケー・ジー・エス）が「コミュニケーター40」を発売します。
初期の頃の点字ディスプレイの中には、パソコンを内蔵したものが比較的多く、パソコンに接続して使うこと以外に、単独の持ち運び用機器としても使えるようになっていました。

1980年代後半から1990年代になると、特にヨーロッパ諸国で点字ディスプレイに対する価値が大きく認められ、北欧諸国やドイツ、オランダなどで点字ディスプレイ購入に対する政府補助が出るようになりました。
その結果、ドイツのバウム、フランク・オーディオ・データ、ハンディテック、オランダのティーマン、アルバ、フランスのユーロ・ブレイルなどの点字ディスプレイ・メーカー各社が台頭し、優れた点字ディスプレイを次々と発表してきます。
日本では、これらヨーロッパのメーカー各社に点字のマスの部分を販売しているケー・ジー・エスが、「ＪＣＯＭ」、「ブレイルノート」などの点字ディスプレイを商品化します。
現在、日本においては、ケー・ジー・エスの「ブレイルノート」が主に用いられ、ヨーロッパの優秀な点字ディスプレイはあまり用いられていません。
これは、海外の製品を導入するためのソフトウェアの準備が十分になされていないことによります。
<a href="http://www.amedia.co.jp/link/">
目が不自由な方々への便利情報満載～視覚障害者お役立ちリンク集 </a>]]>
      
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   <title>点字プリンタの発展</title>
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   <published>2005-11-19T05:54:50Z</published>
   <updated>2006-08-18T05:55:43Z</updated>
   
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://yupeace.net/blind-history/">
      <![CDATA[1972年、日本タイプライターに勤めていたエンジニア、岡崎史郎は、岡山盲学校の点字製版機の修理などを頼まれてやっているうちに点字に興味を持ち、紙テープで印刷するタイプの点字プリンタを開発しました。岡崎はこの製品を持って仲間数人と独立し、岡崎事務機製作所を設立しました。
この点字プリンタは、６点漢字の考案者、長谷川貞夫が２台購入し、1973年１月の初の墨字データからの点字印刷及び1974年12月の初の点字入力からの墨字印刷に用いられ、大きな歴史的役割を果たしています。
しかし、営業が得意ではなかった岡崎は、会社経営に失敗し、早くも1973年には岡崎事務機製作所は解散してしまいます。
その後、岡崎は1970年代後半に翼システムという会社に入社し、日本で初の普及型点字プリンタ「翼プリンタ」を開発します。
こうして、1980年代後半になると、米国の「ロメオ」、「バーサポイント」、ドイツの「ティール」、日本の「ＥＳＡ」や「翼プリンタ」、「オーツキ・プリンタ」などの実用機がようやく日本国内に普及してきます。

1990年代に入ると、表面と裏面を同時に打ち出す点字プリンタが開発され、米国イネーブリング・テクノロジーズ・カンパニーの「ジュリエット」や「ＥＴ」、スウェーデン・インデックス社のブレイル・エベレスト、ブレイル・ベーシックなどの輸入製品もよく使われるようになってきました。
イネーブリング・テクノロジーズ・カンパニーが1990年に発表した「ブック・メーカー」は、世界最初の両面同時印刷型点字プリンタであり、その技術が「ジュリエット」や「ＥＴ」などに継承されています。

<a href="http://www.amedia.co.jp/product/embossers.htm">タックペーパーにも打てる、高品質印字の各種点字プリンタ </a>]]>
      
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