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春うらら
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「共に過ごすこと」とは?

 先週のコラムを読んだ方から、また新しい情報をいただいたのですが、まだご本人とやり取りできていないので、これはまた連休の彼方の5月13日号でご紹介してみます。

 さて、先週の後半で、「共に過ごすことが大切。福祉的な話題ではなく、夢中になれる共通の話題を持てることが大事。」といったようなことを書かせていただきました。
 この辺りについて、もう少し書いてみたいと思います。

 この「共に過ごす」ということは、決められた時間、決められた場所で集いあうことだけではありません。そこで知り合った人たち同士が、個人的にも仲良くなって、メールアドレスなどの連絡先を交換したり、一緒にお茶したりご飯食べに行ったり、お買い物行ったり、遊びに行ったりできる関係を築いて行けること。そしていつの間にか障害者側は何をしてほしいか、何ができるのかなどのお願いを率直に口にできるようになり、健常者側もサポートの匙加減が分ってくると同時に障害者側に必要と思われる情報やアドバイスを気軽に口にできるようになったりします。
 あれ?ちょっと待ってください。これって、障害の有無の差だけの問題でしょうか?
 実はそれだけではありません。人間誰しも、育ってきた環境、どんな人たちと付き合ってきたか、そしてどんな性格の持ち主なのか、見事に千差万別です。
 以前にも書いたことがあると思いますが、金子みすゞさんの『わたしと小鳥とすずと』の一説「みんな違ってみんないい」という言葉が大好きです。
 つまり、たまたま大きな違いとして「障害の有無」という物が意識されてしまうけれど、どんな人間同士でも、みんな違うんです。だから、付き合いながら相手を知り、自分を知ってもらうということについては同じなのです。そして、その付き合っていくきっかけはいろいろあっても良いのですが、その違いに着目しすぎるよりは、共通する趣味などで盛り上がれることが仲良くなっていくよすがになるのだと思います
。(ただし、理解し合う上で必要な場合は、ちゃんと障害についても話し合わなければならないでしょうね)

 そうして、そんな関係を築いて行った先には、親友とか恋人になるということも待っているかもしれません。そういう親密な関係になっていったら、そのときにこそ二人の違いについて、真正面から見つめあうことが必要になってきたりもします。
 かく言う私も、今の相方(晴眼者)との間で、最初の1年くらいはずいぶんお互いに傷ついて泣いたりしましたが、理解し合う努力は惜しまずにやってきたつもりです。
 もう傷つくことはほとんどありませんが、未だに些細な障壁を感じることがあり、そのつど二人で力を合わせてその壁を突き崩しています。ただし、その壁は、今や障害の有無であることはほとんどありません。

 さて、少し横道に逸れてしまいましたが、なぜ私がこの話題を振って、何週かに渡ってお話してきたかというと、もちろん春4月で「新しい季節に新しいことを始めよう」ということもありましたが、実は新しく大学に入った人たちや、就職した人たちに、勇気を持ってお友達を作ってほしいという想いもあったからなのです。
 楽しそうな集まりに顔を出したり、好きなことに関するサークルに参加したりしながら、仲良しになれるお友達と出会ってください。
 そして、「結婚」するためだけに出会いを必死で求める「結婚活動」略称「コンカツ」なんていう忌まわしい習慣や言葉を無くしてほしいものです。あ、もちろんそんな下心を持ってサークルに参加するってのはなしですよ。(笑)

 さぁ、明日は私の所属するバリアフリー映画鑑賞推進団体CityLightsの年に1度のビッグイベント、「第3回シティライツ映画祭」です。強度弱視のノンちゃん(点字使用者)が中心になって、障害の有無・性別・年齢など、いろいろな違いを超えた人たちが実行委員となり力を合わせて作り上げるお祭りには、あの・山田洋次監督もゲストで参加してくださいます。
 残念ながらもう完売してしまったイベントですので急にご来場いただくわけにはいかないのですが、この欄でも2回ほどご紹介してきたイベントですので、会場でお目にかかれる方もいらっしゃるかもしれませんね。「共に過ごして」作り上げてきた私たちのイベントをどうぞ楽しんでください。また、今回こられなかった皆さんも、次回はぜひいらしてくださいませ。


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(「週刊福祉情報」コラムニスト・美月めぐみ)

by amedia  at 17:00