共に過ごすことの大切さ
前回・前々回と、「視覚障害者でもチャレンジできること」という視点でお話ししてきました。
そして、その先にある物を考えてみたのですが、やはりこれはいろいろな人たちと仲間になれるという側面にもつながってるんじゃないかと思うのです。
もう何度もお話しているので読者の皆さんは耳にタコかもしれませんが、この「仲間になる」ということが、障害者にとってなんと大切なことかと思うことが最近いくつかありましたので、今日はそんなお話しをしてみます。
前々回のコラムで私は、「秋の芝居に向けて手話にチャレンジしたい」というお話をしました。するとそれに反応して、体験談を寄せてくださった方がおられました。
彼女は重度の視覚障害者で、今は静岡県の西のほうにお住まいなのですが、10年ほど前、都内に住んでいた頃に、盲ろう二重障害の方たちの市民団体に参加され、手話と指文字を習っておられたそうです。
そこで知り合った軽度の視覚障害を持つ聴覚障害の方とお友達になり、なんと通訳者なしで二人だけである催し物に出かけたというのです!
いわく「彼女との1日は、『お互いのできること』を出し合えば怖い物は無いことを、ほんとうに身を持って経験した日でした。」 それはそうですね。私も手話を学ぶなら、そこまで徹底してやるべきかもしれません。また、こんなふうにも語ってくださいました。
「彼女は見えますから、私の前を歩いてある程度の方向を示すし、やっぱり健常者は視線をとらえやすい彼女に話しかけるんだけど、彼女には通じないからその人の言葉をつたない手話で伝えたんですね。(ほぼ指文字でしたけど)店で買う時は、彼女が私の示す物をゲットしたり。」
これぞ正に、当事者同士が触れ合うことによって得られた貴重な経験で、こういうことを重ねていくうちに、もっともっと分かり合えるようになれるのだと思います。
残念ながら、この方はその後東京を離れ、今のお住まいのある地域へ引っ越されてしまったので、そんな機会を持てずにいるとのことです。
さて、私自身のことをお話してみましょう。
先週末の土日、久しぶりに京都へいってきました。
今回は長年の付き合いのある「バリアフリー読書サークルYAクラブ」の関西支部が立ち上がったということで、その記念パーティーを兼ねての旅行となりました。
そのツアーの2日目、私たちは数名で嵯峨嵐山辺りをぶらぶらと散策しました。このとき一緒に歩いていたのがもう10年の付き合いになる女性だったのですが、彼女と歩くのは実に楽しいのです。彼女自身も、見るもの聞くものに見事に反応する人だということもありますが、周りの状況を自然な形でどんどん伝えてくれるのです。正に、かゆいところに手が届く感じで、私が聞きたいと思った瞬間にはもう説明していてくれたり、何かを手に載せてくれてたりするのです。
そんな調子で、竹細工のお店もオルゴール博物館も、通っていく道すがらにある物、そして出会う者たちの様子も、次から次へと説明してくれます。中でも「人力車を引いてるおにいちゃんたちって、ここでも浅草でも、どこ行ってもイケメンばっかりなんだよ。それも、ホストっぽいのじゃなくて、健康的なイケメン。なんでだろ」
というのには思わず吹いてしまいました。さらに、少し歩いていくと、一瞬ふと立ち止まる彼女。そしてこっそり一言。
「めーたん、初めて見たよ、イケメンじゃない人力車夫!!」
あはは、いいんですよ、健康的でさわやかなら。ね?
こんな楽しい珍道中を満喫できるのも、しょっちゅう仲良く話したりあっちこっち行ったりして接してきているからこそなのだと思います。そんなふれあいのうちに、お互いに自分の意思や想いを伝え合える関係ができてくるのです。
いっぽう、あるシンポジウムの折に、某音訳グループの人たちに「接することが大事なんですよ」というと、「でも、私たちも目の不自由な方々との交流会を持ってご意見を伺おうと思ってるんですけど、皆さん『ありがとうございます』という感謝の言葉しかおっしゃってくださらないので、打ち解けることができない」と悩みを打ち明けてくださいました。
でも、それは仕方がないですね。その集まりは“特別な機会”にすぎず、限られた時間で視覚障害者側から伝えることを優先的にチョイスするとすれば、それは正に“感謝の言葉”になってしまうからです。
特別な“交流会”を持たねばならないというのは、果たして真に交流していると言えるのでしょうか。
それよりはまず、読書でもいいし、ダンスでもダイビングでも何でもいいので、視力の有無などといった福祉的な話題以外に、お互いに夢中になれる共通の話題があること、それが大事なのかもしれません。
またまた長くなってしまいましたが、来週もこの続きをちょっと語ってみたいと思います。
また皆さんからの体験談などお寄せいただければ幸いです。