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春うらら
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ラストコラム

 皆さん、こんにちは。梅雨の真っ只中ですが、いかがお過ごしですか?

 ついに最終回です。私もびっくりしています。
 ま、「廃刊」ではなく「休刊」ですので、また復活する可能性もあるのですが、とりあえず残念なことになってしまいました。
 こんな日が目前に迫っているとも知らず、私は今年の4月1日号でエイプリルフール・ジョークとして「コラム降ります」なんて書いてしまったんですが、あの言霊のせいではないかと、ちょっぴり後悔したりしています。

 私のコラムを楽しみにしていてくださっていたという読者の方からのメールもいただき、自分が残念であるのと同時に、とても申し訳ない気持ちになっています。
 「美月さんの文章で元気をもらった」などと書かれると、本当に嬉しかったし、一人でもそうおっしゃってくださる方がいらっしゃるなら、なんとしてでも続けなければと思ってはいたのですが、本当にごめんなさい!

 そこで最終回の今回は、私が何かを発信するであろうメディアやサークルなどをご紹介し、今後の活動について少し触れておきたいと思います。これまでにも書いてきたことなので、重複してしまうかもしれませんが、ラストですので今一度改めて知っていただければと思います。

 まずは、私が代表を務めているバリアフリー読書サークル「YAクラブ」です。
 こちらは、ヤング向けの小説の情報を交換し合うメーリングリストを開設し、そこで出た話題の本を録音図書(DAISY図書)として作成し、全国の会員に貸し出すことを中心に活動するサークルで、視力の有無を超えて楽しく交流しています。高学年向き児童書からライトノベル、SFやファンタジーなどを扱っています。
 また、メーリングリストでは、アニメの情報もやりとりしたりしています。
 ヤング向きだからといって、年齢制限は設けていないので、心が若々しい人なら誰でも歓迎します。ちなみに、今の最高齢者はもう80近い方です。
 詳しくは、YAクラブのHPをご参照ください。
http://ya-club.sakura.ne.jp/

 次に、副代表の片割れを担わせていただいている、バリアフリー映画鑑賞推進団体「CityLights」です。
 こちらは、視力の有無に関わらず、共に映画を楽しむサークルです。
 親しみを込めて「リーダー」と慕われている平塚千穂子代表率いるサークルで、音声(言葉)による画面解説=“音声ガイド”を研究し、既にDVDが手に入る作品にはしっかりと原稿を作り上げてガイドする「作りこみガイド」で、いま公開中の映画ならアドリブと感性で実況放送的にガイドする「ライブガイド」で、見えない仲間たちも“一緒”に“同時”に泣いたり笑ったり感動したりしています。
 この「同じ空間で、みんなと同じタイミングで泣いたり笑ったりできる」という感覚を味わったときから、私はこの活動の虜となり、時おりおこがましくも「音声ガイド講習会」の講師などをさせていただくに至っています。
 詳しくはシティライツのHPをご参照ください。
http://www.citylights01.org

 そして、メインの活動は、既にこちらでも何度も話題にしておりますが、演劇結社ばっかりばっかりでの芝居や朗読です。
 去る5月22日・23日の『帰ってきた朗定』には多くの皆様にご来場いただき、4公演全日程完売というとても嬉しい朗読会となりました。本当にありがとうございました!
 そこで次なる公演のご案内です。
  11月11日(木曜日)~14日(日曜日)に、第7回公演『アフター・エルフ』を、南阿佐ヶ谷の「アートスペースプロット」にて上演します!
 聴覚障害の役者さんを巻き込んで、「視覚障害者と聴覚障害者のコミュニケーション」という難関に迫る、でもやっぱりコメディ芝居になる予定です。
 私は、ミュージックバーの歌うママさんの役で、久々の自作曲を含めて歌います!
手話にも挑戦します!乞うご期待!!
 詳細は、追って以下の劇団HPに掲載します。
※こちらで、私の出演している朗読ドラマ『ななんちゃんのお店にようこそ』もお楽しみいただけます!
http://www.bakkaribakkari.net/
 (更新が遅れがちでごめんなさい!)

 以上が私の活動の3本柱なのですが、最後にそれら全ての要素を含んでときどき何やら書いては日記にしているmixiの私のページのidなどをご紹介しておきますので、mixiに参加しておられる読者の方は、良かったら覗きにきてみてください。

id=637685
名前:美月 めぐみ
ニックネーム:めーたん

 それでは皆さん、今までこのコラムをお読みいただきまして、本当にありがとうございました!!
 今後の皆さんのご多幸をお祈りしつつ、最終回の筆を置きたいと思います。
 どこかでお目にかかるその日まで、どうか皆さんお元気で!さようなら!!


P.S
 編集担当の水野さん、本当にお疲れ様でした!!

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(「週刊福祉情報」コラムニスト・美月めぐみ)

by amedia  at 16:51  | Permalink

話芸の大切さ

 先日、私も参加していた筑波大学附属盲学校(旧・東京教育大学附属盲学校、現・筑波大学附属視覚特別支援学校)の落語研究会のOBを中心に活動している『楽笑会(らくしょうかい)』が25周年を迎えたということで、それを記念した4枚組みCDをいただきました。
 みんな、別に仕事を持ちながら、それでも落語が大好きで長年研鑽を積んできた人ばかりで、中にはプロの噺家顔負けの人も数名います。
 中でも、長年落語研究会とこの楽笑会の顧問としてお世話してくださっている鶴ノ屋一声(つるのや いっせい)師匠は、名人クラスの味わいのある素晴らしい話芸の持ち主です。ご自身も弱視で、私が学生だった当時までは理療科の先生をなさっておられました。詳しくは伺っていないのですが、きっとご自身が現役の盲学校生徒だったころから続けてこられたのではないかと思います。今回のCDには、楽笑会の前身である『帯の会』で演じられた「寄り合い酒」が収録されていたのですが、この録音がなんと昭和47年の物で、確かに音質は劣化していたものの、その音の悪さがさらに拍車をかけて、まるで志ん生や先代の金馬と並ぶ名人上手のお一人のように聞こえました。とにかく、江戸っ子らしい、実に軽妙な歯切れの良い演技なのです!改めて惚れ直してしまいました。
 他にも、魅力的な語り口を聞かせてくださる先輩がいっぱい!
 また、さすがに25年も経つと、メンバーもおとっつぁんになっていたりして、息子も高座に上がり、親子共演を果たしているケースもあり、感慨一入なのです。
 改めて、継続する力の強さに感動させられてしまいました。

 このCDを聞いているうちに、私は「視覚障害者にとっての話芸」に想いを馳せていました。
 古くは、琵琶の演奏をしながら弾き語りで平家の悲しい末路を語り継いだという「琵琶法師」がいました。有名な怪談である「耳なし芳一(ほういち)」が正にその琵琶法師です。
 また、江戸時代の盲人の職業の一つに、金貸し業というのがありましたが、おそらくこれも巧みな話芸が物をいう仕事だったに違いありません。

 そして、wikipediaによると、明治以降になると、プロの落語家にも、視覚障害の人が何人か見受けられるようです。
 すなわち、明治後期から大正前期に活躍した落語家、初代柳家小せん、(やなぎや こせん)通称「盲(めくら)小せん」。明治後期から大正前期に上方(かみがた)で活躍した落語家、3代目桂文三、通称「盲目の文三」。
 そして、現役で活躍中の上方落語の名手・笑福亭伯鶴(しょうふくてい はっかく)師匠も、盲目の落語家さんで、とても素敵なお声で語られます。

 実は、斯くいう私も、楽笑会で3回くらい高座に上がらせていただいたことがあるのですが、落語という物は単に話せれば良いわけではなく、手ぬぐいと扇子を巧みに操り、座布団という小さな空間の中でいろいろな所作をして、「見せる演技」も必要とするため、先天性の視覚障害者である私にはかなりきつい物でした。
 でも、私はその話芸の部分が、今の朗読や芝居にもつながっているのだろうなと思ったりしています。

 しかし、特技として見せたり聞かせたりする落語や朗読の技術を高めるということでなくても、視覚障害者にとって「話す力」はとても大切な物なのではないかと思います。
 多くの視覚障害者が携わっている三療業も、いわば接客業ですから、ラジオやテレビでいろんな話題を入手しては、治療しながら患者さんを楽しませることができれば、それだけリピーターも増えるかもしれません。
 さらに、日常生活においても、目やゼスチャーで語ることができない分、言葉で適切に伝える技術を持っているほうが、そうでない場合よりずっと生き易いのではないかと思うのです。自分の欲する物もロスタイムなく得られるでしょうし、また対人関係も良くなり、お友達も増えるかもしれません。

 というわけで、人皆全てそのほうが良いのですが、特に視覚障害者の同朋の皆さんは、ぜひとも「話す」ことを意識して暮らしてみませんか?


ながら仕事でもホームページが楽しめる音声ブラウザ・ボイスサーフィン


(「週刊福祉情報」コラムニスト・美月めぐみ)

by amedia  at 18:12  | Permalink

「ぶしつけ」という言葉

 突然ですが、「ぶしつけ」という言葉の意味をネット辞書で調べてみました。
 大辞泉によると、
『礼を欠くこと。無作法なこと。また、そのさま。』
であり、大辞林では
『礼儀作法をわきまえていない・こと(さま)。無作法。』
となっています。
 なぜこんな言葉の意味を調べたかといいますと、実は最近、この言葉が頭にポーン
と浮かんでくるような出来事があったからなのです。

 先週末、私は友人数名と楽しい温泉旅行に出かけていて、帰宅した翌朝である月曜日の朝に、丸2日間貯まっていたメールをチェックしていました。多くのスパムメールなどと闘いつつ200通以上にものぼるメールの山を片付けていると、『HP「全盲の舞台女優」より』という件名のメールが出てきました。この本文を読んだとき、正に「ぶしつけ」という単語が浮かんできたのです。個人が特定できないよう、何箇所か伏字にしてみましたので、まずはこのメールの文章をご覧ください。

『美月めぐみ様
教えてください。
○○区で点訳をやっている者です。××新聞5月21の映画のバリアフリーの中に美月めぐみがでてまいりますが、美月の読み方がネットで探せません。
「みづき」「みつき」どちらでしょうか?よろしくお願いいたします。今日中にお返事いただけるとうれしいです。』

 このメールは、22日土曜日に発信されていましたが、私が読んだのは24日の朝。もうとっくに時間切れでしたが、一応点訳に役立てていただけるのならとお返事は出しました。
 しかし、差出人がどんな方かという情報は「○○区で点訳をやっている」ということしか書かれていません。それはまるで、「点訳者」と書かれた手ぬぐいで頬被りした何かが性別も年齢も分らないロボットボイスで話しかけてきてるみたいに思えました。(お名前から察するに、女性のようではありましたが)
 宛名の次にいきなり「教えてください。」と書かれています。初めてなのに、いきなり用件です。
 しかも、「美月めぐみがでてまいりますが、美月の読み方がネットで探せません。
」と、まるで私の名前が何かの物質のように扱われているのにも驚愕しました。
 とても急いでらしたのは分りますが、その記事の感想の一つも書かれていたりすれば、少しは感じも良く思えたかもしれません。
 さらに、遅くなってしまったけれどお返事を返してみたのに、それに対して未だに何の反応もないのです。

 以前、ある著作権関係のシンポジウムで何人かの作家の方が、「図書館やボランティアグループから読み方の問い合わせがあるが、極めて事務的で、障害者のために崇高なボランティアをやってるんだから問い合わせにはなんでも応じるのが当たり前だろうといったような意識が見え隠れして、とても感じが悪い人がいる」と嘆いておられたことがあったのですが、「こういうことだったのか!」と実感した出来事でした。
 普段はあまり怒らない私なので、これは、私が46歳という年齢に達してきたから感じることなのかなとも考えてみたけれど、周りの人たちに話してみたところ一様に「普通怒るよね」との答えだったので思い切って書いてみました。

 斯く言う私も基本はうっかり者なので、礼を失してしまうことも多々あります。私は、劇団の関連でも、また私が代表を務めるバリアフリー読書サークルでも、作家の方やボランティアの方、スタッフの皆さんとのやり取りの中で、気をつけなければならないことが本当に多い立場でもあります。
 「人の振り見て我が振り直せ」
 この言葉を胸に、改めて自分自身を戒めることにもなった出来事でした。

 そうそう、私の芸名「美月めぐみ」の「美月」は「みづき」となります。以前お話ししたかもしれませんが、大好きだった元宝塚花組トップスター・故・大浦みずきさんのお名前の「みずき」の音だけいただいて当て字でつけた苗字が「美月(みづき)」なのです。読者の皆さんには覚えておいていただければ幸いです。


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(「週刊福祉情報」コラムニスト・美月めぐみ)

by amedia  at 17:53  | Permalink

錦(にしき)の御旗ではなく、そっと知らせる物であれ。

 夕べ、劇団の稽古の帰りの小田急線でのこと。
 私が座った席の向かい側は優先席でした。そこにドドーンと乗り込んできた一人の初老の男性。彼は、とにかく横柄な態度で角の席を譲らせ、そしてペースメーカー手帳なる物をかざしては「携帯は切ったかね!私はペースメーカーを入れとるんだから、電源から切りなさい!これがわかるかね、ペースメーカー手帳だよ!ほら、早くさっさと切りなさい!」と誰彼かまわず威圧的に命令しまくります。
 これは、実に正当な要求です。ペースメーカーの誤作動は、生命の危機につながる重大なものですから、自衛手段としては極めて大切なことではあります。ではありますが、この物言いはどうでしょう。
 今朝、気になってネットで調べてみると、「携帯電話は埋め込み式のペースメーカーがある心臓部分からは、22センチ以上離して使用すること」となっていました。
 ん?そうすると、角に座りたがった気持ちも分かってきます。彼の向きからすると、車両の間のしきりになっている側が左側、つまり心臓側になったのです。
 ということは、万が一隣の人が携帯の電源を切り損ねていても、ペースメーカーまでは22センチ以上の距離が保たれるということになります。
 「ほほう、なるほど」と感心しつつも、やはりあの男性の態度の印象としては不愉快さが残っています。

 そして、ふと気づくと、私たち視覚障害者も、このおじさんと似たようなことをやってしまっているように思えてきます。
 つまり、「障害者手帳さえ出せば、割引してもらえるのが当然の権利だ」といったような、ある種の傲慢さとでもいいましょうか。それは、障害者本人のみならず、介助者も含めて言える場合も多いようです。
 あのおじさんも、そして私たちも、「イレギュラーな配慮をしてもらうこと」に対するありがたさやちょっと申し訳なく思う気持ちを忘れてはいけないと、「人の振りみて、我が振りを省みる」ような経験になりました。

 そこで一つ考えたのですが、お互いにこんな嫌な想いをいちいちしなくてもすむように、ペースメーカー手帳や障害者手帳以外に簡単に識別できるような何かを身につけるということをすべきなんじゃないでしょうか。
 最近よく耳にするグッズの中に『マタニティ・バッジ』という、妊婦さんであることを示すバッジがあります。これは、あるマークに「BABY in ME<ベイビーインミー>」と表記された物が入っているバッジです。これを上着やバッグなどにつけておくと、まだお腹の膨らみがめだたないけれどとても辛い思いをしている妊婦さんも回りに理解してもらえる機会が増え、座席を譲ってもらえたりできるという物です。
 逆にいうと、このバッジを見かけたら、周りの人たちが積極的に気づいてあげられるようになるというわけです。
 これに習って、ペースメーカーバッジなる物も作られるべきではないかと思ったのです。それを見たら、優先席付近にいるのに電源を入れっぱなしにしてしまうようなうっかりさんにも、「おっといけねぇ」と気づいてもらいやすくなるでしょうし、周りでも不快なやり取りを、目に、耳にせずに済むようになると思うのです。

 同じく、障害の等級別で単独割引しか利かない障害者と、介助者も半額に割り引かれる等級の障害者の区別も、公営交通機関の乗降時に提示するパスの色を変えるなどして分かりやすくすれば、係員とのちょっとしたトラブルを減らせるのではないかと思います。コストがどの程度かかることなのかは分らないので無責任なことを言ってしまったかもしれませんが、これに気づいた時点で、私は都営地下鉄の駅長さんへ提案しておきました。

 いずれにせよ、ハンディに気づいてもらいやすくすると同時に、手帳などを、権利、いや権威の象徴として『錦の御旗』よろしく振りかざすのではなく、「配慮されていることなのだ」ということを心の隅に置いてありがたくそれぞれの制度やサービスを利用させていただきたいものです。

ながら仕事でもホームページが楽しめる音声ブラウザ・ボイスサーフィン

(「週刊福祉情報」コラムニスト・美月めぐみ)

by amedia  at 17:29  | Permalink